電子工作と理科実験のエレテック

自己紹介?

自己紹介

初めまして。福田一郎(ハンドルネームです)と申します。
(ハンドルネームの由来は動物のフクロウが大好きなので、「フクダイチロウ」から)
関西の某国立大学 大学院で、大学の先生になる為に勉強と研究をしています。
幼いころから、電子工作を含む工作全般やプログラミング・理科実験が大好きで、大学でもアナログ電子回路の研究をしています。

持っている資格:
第一級陸上無線技術士、第2種電気工事士、情報セキュリティスペシャリスト、応用情報技術者、基本情報技術者、危険物取扱者乙1,3,4,5類

(以下、簡単な経歴のようなもの)

~小学校卒業まで

19XX年12月27日:神奈川県横須賀市に生まれる(がすぐに京都へ引っ越し)

5歳のころから破壊工作に目覚め、家中の時計を分解して回る。 動く原理が知りたかったようだが、分解したものは二度と元に戻せなかったので両親に叱られまくる。

小学校1年の時、近所に住んでる大学教授の「1石ラジオの作りかた講座」に参加して電子工作に興味を持つ。当時の自分には動作原理が理解できなかったが、いつか必ず理解してやると決意し、机の引き出しに大切にしまっておく。(しかし….)

小学校3年生の時、「前つくったラジオと同じものを自力で作りたい」と東京に単身赴任していた父(研究者)に頼み込んだところ、サトー電気で「ゲルマニウムダイオード」、「単連ポリバリコン」、「セラミックイヤホン」を買ってきてくれ、「ゲルマニウムラジオ」を一緒に作る。そして初めて原理を理解する。(そして父に頼めば電子部品を買ってきてくれると味を占める

その後、父から教えてもらった「1石レフレックスラジオ」を作ろうとするが、たった一つしかなかったトランジスタ(たしか2SC1815-Yだったと思う…)の足をちぎってしまい、途方に暮れるそんなとき机の引き出しから懐かしの1石ラジオ(先述)を発見。泣く泣く分解して(何)トランジスタを取り外し製作を続行する。しかしはんだ付けがヘタクソすぎて動作せず。

小学校5年生の時にPICマイコンの存在をしり、PICアセンブラを必死に勉強する。しかし、アセンブリ言語は10歳の脳みそには難解すぎたため、途方に暮れてほかのプログラミングの方法を調べていたところ、C言語の存在を知り、その扱いやすさに感動する。

小学校6年生の間は中学受験のために、夜遅くまで勉強してるふりをするのに忙しく、あまり電子工作はしなかった。

中学~高校生時代

(おそらくぎりぎりの成績で)何とか受験に合格し洛星中学校に進学。ロボット研究部に入部するが、片道2時間弱という通学時間に耐えられず、すぐやめる。この頃に、PICマイコンの12F, 16F, 18Fあたりを一通り使いこなせるようになる。そして、本格的に電子回路かプログラミングで生きて行こうと決意する。

その後は特に悪さをすることもなく洛星高校へ内部進学。高校の3年間は、比較的勉強が面白かったので、あまり工作をすることもなかった。 しかし、なぜかこの頃にプログラミングにハマり、数多くのクソゲーを開発する。工作は工具を出したりする手間があったが、プログラミングはパソコン一つででき、その分手軽だからハマったのだろう。

大学時代~

自分なりには猛勉強したつもりだったが、割と大したことない成績で大阪大学 工学部 電子情報工学科に進学する。進学前、母から「あんたは電子工作とか得意なつもりかもしれんけど、大学入ったら同じレベルの人なんてごまんといるからショック受けなさんなよ」と脅されるが、同級生には電子工作が得意という人はほとんどいなくてびっくりする。

大学でものんべんだらりと過ごすつもりだったが、電子技術研究会ToolBoxなる怪しげなサークルを見つけ、興味を持つ。行ってみると実質部員数が自分を含め4人という超少人数サークルだったが、所属している先輩方が「できる人」ばかりで、あこがれを抱く。

大学2年に進級すると、静岡で某半導体企業が主催するロボットの大会があるとのことだったので、「ほかのメンバーのアシスタントとして参加したい」と部長に伝えると、なぜか「リーダー」にされてしまう。そして、先輩に手取り足取りアルゴリズムや制御方式・制御工学の基礎知識について教えてもらった結果、日本大会で優勝する。結果、日本代表として世界大会に進むことになったが、自分のプログラミングスキルの低さと、当日他のチームのロボットに衝突され部品が破損したため、敗退する。(しかし本人は後者が主要因だと言い張ったらしい

(ちょうどこの頃、自分のプログラミング知識や電子工作の知識が実務でどの程度役に立つのか知りたくなり、回路設計やプログラミングの仕事を始める。)

大学3年次は所属している電子技術研究会ToolBoxの代表になり、必死に後輩勧誘をする。結果、部員数15名近くの比較的大きなサークルになる。後輩指導をする身になって初めて、「初心者が知りたい知識や用語」と「自分が教えたい知識や用語」の間に大きな齟齬があることに気づく

後輩の中でも、とにかく作例を真似して作りまくる子は、2年目にはかなり大規模な工作ができるようになったのを見て、「良い作例と良い解説」が必要だということを痛感する。

子供のころからの夢は「学者になること」なので、学部4年生に上がると同時にこれまでやってきた研究テーマをさっぱり捨て、自分が極めたいと思う電子回路・集積回路分野に鞍替えする。(一応3年次も、早期配属で研究室に通っていたが、分野替えに伴い、研究室も移動した。)

その後はやりたい研究をひたすら続ける日々らしい。

 

公開日:
最終更新日:2016/04/09